第2回 経済学の常識を覆す - 行動経済学が生まれた背景

従来の経済学の限界：合理的な人間という仮定

かつて、経済学は人間を「常に合理的に行動する存在」であると仮定していました。これは、人間は常に自身の利益を最大化するために最善の選択をするという考え方です。しかし、実際の行動を観察してみると、人間は必ずしも合理的に行動しているわけではないことが明らかになりました。

例えば、スーパーの特売で、本来必要のない商品まで買ってしまったり、ギャンブルで損失を承知で何度も挑戦したりするといった行動は、合理的な判断とは言い難いでしょう。

行動経済学の誕生：非合理な人間の行動の発見

このような人間の非合理な行動を解明するために生まれたのが、行動経済学です。行動経済学は、心理学や社会学などの知見を取り入れ、人間が実際にどのように意思決定を行うのかを研究する学問分野です。

行動経済学の研究によって、人間は様々な「認知バイアス」と呼ばれる思考の癖を持っていることが明らかになりました。認知バイアスは、人間が情報を処理する際に起こる誤謬であり、それが非合理的な行動につながるのです。

経済学におけるパラダイムシフト

行動経済学の登場は、経済学に大きなパラダイムシフトをもたらしました。従来の経済学では説明できなかった様々な経済現象が、行動経済学によって解明されるようになったのです。

例えば、株式市場のバブル崩壊や金融危機などの現象は、人間の心理的な要因が大きく影響していることが明らかになりました。

行動経済学の父と呼ばれるダニエル・カーネマン：プロスペクト理論の開発

行動経済学の発展に大きく貢献したのが、ダニエル・カーネマンです。カーネマンは、人間の意思決定における非合理性を研究し、プロスペクト理論と呼ばれる理論を開発しました。

プロスペクト理論は、従来の経済学の「効用理論」とは異なり、人間は損失を大きく感じるようにできていることを明らかにしました。これは、人間がリスクを回避する傾向が強いことを意味します。

カーネマンは、この業績により、2002年にノーベル経済学賞を受賞しました。

アモス・トベルスキー、リチャード・セイラーなど、行動経済学の発展を支えた研究者たち

カーネマンの他にも、アモス・トベルスキー、リチャード・セイラーなど、多くの研究者が行動経済学の発展に貢献してきました。

トベルスキーは、カーネマンと共にプロスペクト理論を開発した人物であり、人間が確率をどのように判断するのかを研究しました。セイラーは、人間の行動を経済学的に分析する手法を開発し、行動経済学の応用研究を進めました。

これらの研究者たちの業績により、行動経済学は急速に発展し、様々な分野で応用されるようになりました。

経済学と心理学の融合：新たな学問分野の誕生

行動経済学は、経済学と心理学の融合によって生まれた新しい学問分野です。経済学の理論的な枠組みと、心理学の実証的な研究手法を組み合わせることで、人間の複雑な意思決定メカニズムを解明しようとしています。

行動経済学は、まだ発展途上の学問分野ですが、人間の行動を理解するための重要なツールとして、今後ますます注目されることでしょう。

伝統的な経済学モデルの失敗：オルソン問題、囚人のジレンマ

伝統的な経済学モデルは、人間の合理性を前提としているため、現実の行動を上手く説明できない場合があります。

例えば、オルソン問題では、共同で公共財を維持するべき状況において、個人がフリーライダーになるという問題があります。従来の経済学モデルでは、個人が常に自身の利益を最大化するため、フリーライダーになることが合理的な行動であると説明されます。

しかし、実際には、多くの人が共同で公共財を維持しようとする行動をとります。これは、人間が必ずしも合理的に行動するわけではないことを示しています。

また、囚人のジレンマでは、2人の囚人が互いに協力すれば双方にとって利益が大きくなるにもかかわらず、互いを裏切って自己利益を追求する問題があります。

従来の経済学モデルでは、個人が常に自身の利益を最大化するため、裏切ることが合理的な行動であると説明されます。

しかし、実際には、多くの人が協力することを選択します。これは、人間が必ずしも自己利益を追求するわけではないことを示しています。

行動経済学による新たなモデル：ヒューリスティック、バイアス、フレーム

行動経済学は、人間の非合理性を説明するために、ヒューリスティック、バイアス、フレームなどの概念を用います。

ヒューリスティックとは、限られた情報や時間の中で迅速な判断を下すために用いられる思考の短絡法です。ヒューリスティックは、必ずしも正確な判断を導くわけではありませんが、複雑な問題を迅速に処理するために役立ちます。

例えば、「安ければ良い」というヒューリスティックは、時間がない時や情報が少ない時に、迅速に商品を選ぶ際に役立ちます。しかし、必ずしも質の高い商品を選べるとは限りません。

バイアスとは、人間の思考や判断に偏りをもたらす傾向です。バイアスは、過去の経験、文化、個人的な価値観などによって形成されます。

例えば、「アンカリングバイアス」は、最初の情報に過度に影響される傾向です。例えば、ある商品が定価10,000円で販売されている場合、それが値下げされて5,000円になった時に、5,000円という価格が安く感じられます。これは、最初の情報である定価10,000円にアンカリングされているためです。

フレームとは、情報を提示する枠組みのことです。フレームを変えることで、同じ情報でも異なる印象を与えることができます。

例えば、「90%の人が助かる」というフレーズと、「10%の人が亡くなる」というフレーズは、同じ情報を伝えているにもかかわらず、異なる印象を与えます。

行動経済学は、これらの概念を用いて、人間の非合理な行動を説明し、より現実的な経済モデルを構築しようとしています。

経済現象のより深い理解：市場の非合理性、バブル崩壊

行動経済学は、経済現象をより深く理解するために役立ちます。従来の経済学では説明できなかった様々な現象が、行動経済学によって解明されるようになりました。

例えば、株式市場におけるバブル崩壊は、人間の心理的な要因が大きく影響していることが明らかになりました。投資家は、楽観的なバイアスによって、リスクを過小評価し、バブル形成に貢献します。

また、金融危機は、ヒューリスティックによって引き起こされることがあります。投資家は、過去の経験に基づいて判断するため、変化する市場環境に適応することができず、損失を被ってしまうのです。

行動経済学：人間の複雑な意思決定メカニズムの解明

行動経済学は、人間の複雑な意思決定メカニズムを解明しようとする学問分野です。人間の行動は、必ずしも合理的なわけではなく、様々な心理的な要因によって影響されています。

行動経済学は、これらの心理的な要因を理解することで、人間の行動をより予測可能にし、様々な問題を解決するのに役立てることができます。

経済学の進化：より現実的で実用的な学問へ

行動経済学は、経済学をより現実的で実用的な学問へと進化させるものです。従来の経済学では説明できなかった様々な現象が、行動経済学によって解明されるようになりました。

行動経済学は、今後ますます発展し、様々な分野で応用されることでしょう。

まとめ

行動経済学は、人間がどのように意思決定を行うのかを研究する学問分野です。行動経済学は、経済学と心理学の融合によって生まれた新しい学問分野であり、人間の複雑な意思決定メカニズムを解明しようとしています。

行動経済学は、経済現象をより深く理解するために役立ち、経済学をより現実的で実用的な学問へと進化させています。