それは人にできることではないが、神なら何でもできる
イエスが、真理を教えるため弟子を従えて各地を方々歩き回っているとき、噂を聞きつけた、ある金持ちの青年(または地方議員)が、イエスにこうたずねた、「先生!天の国に行くためには、どうしたらよいでしょうか!」イエス「モーセの律法に書いてある通りだ、殺すな、盗むな、父母を敬え、偶像崇拝するな、偽証するな・・」「そういうことは全て守ってきました、他に何かないですか!?」イエス「・・もし、完璧になりたいのであれば、あなたの持っている財産をすべて売り払って、貧しい人たちに施しをしなさい」「・・・・・・・・・・・」この青年(または地方議員)は、うつむきながら(泣きながら?)無言でイエスのもとを去っていった。彼は多くの財産を持っていたからである。イエスの弟子たちは、「彼は地元の人たちにも慕われている人望ある青年だ、そんな彼でさえ、天国に行けないとしたら、いったい誰が天国に行けるっていうんですか?」と聞いたところ、イエスは「それは人にできることではないが、神なら何でもできる」と答えたのです。で、この意味を解説していきたいんですが、この青年(または議員)は、別に性格的には普通の人より良い人だったと思うんですよ。たぶん、自分のできる範囲で貧しい人に施しも、してたかもしれません。でも、自分の財産を全て売り払ってまで施しをするなんて、できるわけがないでしょ、とこう思ったんでしょうね、彼だけでなく、イエスの弟子ですら、そう思った。彼がどのようにして財産を蓄えたのか、それはわからない。一生懸命に働いて財を築いたのか、あるいは親や親族の遺産を引き継いだのか、それもわからない、ただ一つ言えることは、その多くの財産
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